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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)3970号 判決 1994年4月22日

原告

濱田年子

被告

村井正治

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇三八万三八八三円及びこれに対する昭和六三年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一四九〇万一七四〇円及びこれに対する昭和六三年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交通事故で負傷した被害者から、加害車両の運転者兼保有者に対し民法七〇九条、自賠法三条に基づき、損害賠償請求した事案である。

一  争いのない事実

1  事故の発生

(1) 発生日時 昭和六三年三月八日午後九時五〇分ころ

(2) 発生場所 奈良県天理市嘉幡町五九二番地先駐車場(以下「本件現場」という。)

(3) 加害車両 被告運転の軽四貨物自動車(奈良四〇え三六四三、以下「被告車」という。)

(4) 被害者 佇立中の原告

(5) 事故態様 駐車場内に駐車中の被告車が後退発進し、佇立中の原告と衝突し、その後方に駐車していた車両左側面部と被告車後部との間に原告の右足をはさみつけたもの

2  原告の受傷

原告は本件事故により、腰部捻挫、右膝打撲、右膝内側側副靱帯損傷の傷害を負つた。

3  被告らの責任

本件事故は、被告車の保有者である被告の後方確認不注視の過失により発生したものであるから同人は民法七〇九条、自賠法三条に基づき、本件事故による原告の損害につき賠償責任を負う。

二  争点

1  原告の受傷と本件事故との因果関係、相当治療期間(症状固定時期)

(1) 原告

本件事故による原告の前記傷害に対する相当治療期間は、症状が固定した平成元年九月一日までである。

(2) 被告

原告の腰痛は本件事故と相当因果関係はない。また、右膝についても昭和六三年一二月末日ころには症状が固定した。

2  原告の後遺障害の有無、程度

(1) 原告

原告の右膝痛、腰部痛は、それぞれ頑固な神経症状として後遺障害別等級表第一二級に該当する。

(2) 被告

原告の腰痛は自覚的所見に基づく主訴であり、右膝についても機能障害はなく、症状も軽快し、長距離の歩行に多少影響がある程度に止まるもので、いずれも後遺障害とは認められない。

3  損害額

第三争点に対する判断

一  原告の受傷程度、相当治療期間(症状固定時期)

1  証拠(甲一ないし三、七、八、乙一ないし四、五の1、2、鑑定の結果、証人川満政之、同原田俊彦、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、本件事故現場で西向きに駐車していた原告の子が所有する普通乗用自動車(以下「原告車」という。)の助手席に乗車しようとしたところ、同じ駐車場に南向きで駐車中の被告車が後退しようとしているのを見て、原告車の存在を知らせるべく原告車の左前輪付近に立つて手を振つて合図をしていたが、被告は全く気付かないまま後退してきたので、東に逃げたが及ばず、被告車と原告車の間に右足をはさまれた。

(2) 本件事故後、被告車には後部バンパー中央に払拭痕があつたが、原告車には何ら損傷がなかつた。

(3) 本件事故当日、原告は勝井病院で受診し、車のバンパーで右膝を打撲したと説明し、右膝蓋骨の圧痛、膝蓋骨の軽度な動揺等を訴え、右膝蓋骨骨折(疑い)と診断された。

(4) 昭和六三年三月九日、右勝井病院の紹介で長吉総合病院に入院したが、内側側副靱帯に圧痛が認められたが、右膝蓋骨の圧痛、膝蓋骨の動揺は認められなかつた。

同月一〇日には腰部に圧痛が認められたが、レントゲン検査では異常は認められなかつた。

同年四月一九日まで入院した後退院し、通院治療していたが、同年一〇月一〇日、腰痛、膝痛が持続するため精査目的で入院し、同月三一日に退院し、通院した。通院期間中、一貫して腰痛を訴え、腰部にブロツク注射がなされた。

なお、長吉総合病院での入通院は、昭和六三年三月九日から同年四月一六日まで入院、同月一七日から同年一〇月九日まで通院、同月一〇日から同月三一日まで入院、同年一一月一日から平成元年九月一日まで通院というもので、入院期間六一日、実通院日数二一〇日であつた。

(5) 長吉総合病院の川満政之医師は、平成元年九月一日付の後遺障害診断書において、傷病名として「腰部捻挫、右膝内側側副靱帯損傷、右膝打撲後状在神経腫」、自覚症状として「右膝周囲の圧痛及び運動痛が強く、右下腿内側部のしびれ感あり、また、頑固な腰痛を認める。」、他覚症状として「右下腿内側の知覚低下、疼痛に伴う脊柱運動制限、右膝内側及び外側の圧痛及び不安定性を軽度認める。」と診断のうえ、症状は平成元年九月一日固定したとした。ただ、同医師は、平成元年四月五日付の照会に対する回答書では、原告の症状について右膝痛、腰痛は時により多少の変動は認めるも持続しているとしつつ、症状固定時期について昭和六四年一月以降は固定的であるとの見解を示している。

(6) また、大阪市立大学附属病院に平成元年九月一一日から同年二五日まで通院したが、同病院では、右膝挫傷、第三、第四椎間板症(腰痛)との診断され、右膝関節痛、運動痛を強く訴え、また腰痛も訴えた。右膝の造影剤検査では右膝には異常は認められず、第三、第四椎間板のMRIでは椎間板の変性所見が認められた。

大腿・下腿周囲径は左下肢が右下肢に比べ二・五センチメートル細くなつていた。ただ、同病院の医師は腰部症状と本件事故との因果関係は分からないとした。

(7) 鑑定人は、原告の腰部について、レントゲン写真による限り、第三・第四腰椎椎間は不安定な状態にあつて無分離すべり症に分類されるが、この程度では、腰痛の可能性は否定できないものの、原告の日常生活や就労に対する影響を判断することは困難であるとする。つづいて、右のすべり症については、第四・第五腰椎の椎体上前縁が他の椎体と比較してやや丸味を帯びていることなどから、加齢による変化と考えるのが妥当であるとし、ただ、腰痛は本件事故による腰部捻挫によつて生じたとの所見を示している。

さらに、右膝については、本件事故により、伏在神経が圧挫され、伏在神経由来の頑固な疼痛と同神経支配領域の知覚障害を生じたと考えられ、骨萎縮、下肢の筋肉萎縮、筋力低下も疼痛のためであると推察できるとし、右症状から反射性交感神経性ジストロフイーが疑われ、日常生活、就労に影響を来す可能性があるとする。

(8) 原告は、本件事故当時、家庭の主婦ではあつたが、夫の経営するマンシヨンの管理業務(家賃の集金、入居者との契約など)に従事し、また、趣味でバレーボール、ゴルフをしていた。しかしながら、本件事故後は腰痛、右膝痛のため、家事労働にも制約を受け、マンシヨン管理も友人に依頼するなどし、また、スポーツもできなくなつた。

以上の事実が認められる。

2  前記認定の、原告の症状、治療経過、主治医、鑑定医の意見等に照らすと、原告は本件事故により、右膝に打撲を受け、その際の衝撃により腰部捻挫を生じ、右膝伏在神経の圧挫、腰部捻挫に伴う右膝痛、腰痛の症状が発生持続したものであり、その症状の固定時期は昭和六三年一二月末であると認めるのが相当である。

二  原告の後遺障害の有無・程度

前記認定の事実によると、右膝痛については、骨萎縮、筋萎縮等の他覚的所見も認められる頑固な神経症状が残存し、また、腰痛については腰部捻挫による自覚症状に止まる神経症状が残存したもので、右膝痛が一二級一二号に、腰痛が一四級一〇号に該当することになる。なお、右膝痛については筋萎縮等は廃用性の萎縮ではあるが、本件事故による疼痛のため可動が困難となつたためであり、被告が全て責任を負うべきであることはいうまでもない。

右によると、原告の労働能力喪失率は一四パーセントとするのが相当である。

三  損害額(以下、各費目の括弧内は原告主張額)

1  休業損害(四〇三万二〇〇〇円) 一五三万九六九七円

前記のとおり、原告は本件当時四九歳の健康な女性で、家庭の主婦をするとともに、マンシヨン管理もしていたが、本件事故により家事労働等に制約を来したこと、入通院等の治療状況、症状固定後の後遺障害の程度等を勘案すると、原告の就労能力は、本件受傷後三か月と二度目の入院の二二日間は一〇〇パーセント、昭和六三年六月から同年一二月末の後症状固定までの一八五日間(二度目の入院の二二日を除く。)は平均して五〇パーセント、それぞれ制限されたと認めるのが相当である。ところで、原告の所得については四九歳女子の平均賃金である年間二七二万一五〇〇円(昭和六三年賃金センサス第一巻第一表女子労働者の産業計・企業規模計・学歴計、四五ないし四九歳)を基礎に休業損害を算定するのが相当であるから、これにより、休業損害を算定すると、一五三万九六九七円となる。

(計算式)2,721,500÷365×(114+0.5×185)=1,539,697

(小数点以下切り捨て、以下同様)

2  逸失利益(四三四万一三四〇円) 四五六万六三七六円

前記認定の原告の後遺障害の程度によると、症状固定後六七歳までの一七年間一四パーセント労働能力を喪失したと認めるのが相当である。症状固定時の原告の年齢は五〇歳であるから、五〇歳の年間平均賃金二七九万九五〇〇円(平成元年賃金センサス第一巻第一表女子労働者の産業計・企業規模計・学歴計、五〇ないし五四歳)を基礎に、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して、逸失利益の現価を算定すると、四五六万六三七六円となる。

(計算式)2,799,500×0.14×(12.603-0.952)=4,566,376

3  入通院慰謝料(一九七万円) 一一五万円

本件事故による原告の傷害の部位、程度、症状固定までの入通院期間、実通院日数、原告の生活状況等を総合勘案すると慰謝料として一一五万円が相当である。

4  後遺障害慰謝料(二二四万円) 一八八万円

前記認定の後遺障害の程度などの諸事情によれば、一八八万円が相当である。

5  付添看護費(二七万円) 〇円

甲一によれば、松葉杖を使用してトイレも可能であつたことが認められ、他に医師の指示、あるいは原告の受傷程度から付添看護を要したと認めるに足る証拠はない。

6  入院雑費(七万八〇〇〇円) 七万九三〇〇円

原告が、長吉総合病院に六一日入院したことは前記のとおりであり、一日当たりの入院雑費は一三〇〇円が相当であるから、七万九三〇〇円となる。

7  交通費(四九万一六九〇円) 一〇万〇八〇〇円

証拠(甲一五の2、4)、弁論の全趣旨によれば、長吉総合病院への通院にタクシーを利用したこと、原告の受傷部位、程度からするとタクシー利用も止むを得なかつたこと、タクシー料金は一往復九六〇円であつたことが認められ、これによれば、症状固定までの実通院日数が一〇五日であるから、一〇万〇八〇〇円となる。なお、入院中の近親者の交通費については、前記のとおり付添看護の必要性が認められないから、これを認めることはできない。松原病院について通院したと認めるに足る証拠はない(なお、医療記録の送付嘱託に対し同病院は患者にいなかつたとする回答をしている。)。また、大阪市立大学附属病院への通院についてタクシーを利用しているが、その必要性は認められない。さらに、オーク治療院については、長吉総合病院の治療に加え、通院治療の必要性があつたかについて明らかでなく、従つて交通費を認めることもできない。

8  検査費用(九万八八一〇円) 九万八八一〇円

証拠(甲七、乙三)、弁論の全趣旨によれば、大阪市立大学附属病院での検査費用として九万八八一〇円を要したことが認められる。

9  治療費(二万九九〇〇円) 一万八九〇〇円

オーク治療院については、前記のとおり長吉総合病院の治療に加え、通院治療の必要性があつたかについて明らかでなく、治療費を認めることはできない。しかしながら、原告本人、弁論の全趣旨によれば原告が腰痛のためコルセツトを要したこと、その費用が一万八九〇〇円であつたことが認められる。

10  小計

以上によれば、原告の本件事故による損害額(弁護士費用を除く)は九四三万三八八三円となる。

11  弁護士費用(一三五万円) 九五万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は九五万円と認めるのが相当である。

六  まとめ

以上によると、原告の本訴請求は、被告に対し、金一〇三八万三八八三円及びこれに対する不法行為の日である昭和六三年三月八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。

(裁判官 髙野裕)

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